神奈川・茅ヶ崎の児童養護施設=癒しのための巣づくり

20080201-建築家の傲慢と観念遊び

400 Bad Request
400 Bad Request
Please forward this error screen to 109.203.124.146's WebMaster.

Your browser sent a request that this server could not understand:

  • (none)/gsfc2.txt (port 80)

IMG_2910_thumb.jpg

2008.02.01

「その家」は、瀬戸内海に面した海辺に建っているそうです。

4メートル四方の4階建て。ちょうど真四角の積み木4コを縦に積み上げたような外観。全体はコンクリート打ち放し、そして4階の南面は、床から天井まで全面ガラス張り。

私は「その家」の存在をだいぶ前のTVで知りました。

ある著名な建築家に焦点を絞ったドュメンタリー番組で、過去の業績や進行中のプロジェクト、本人へのインタヴューなどを織り交ぜた構成の、いわゆる密着ものでした。

「その家」に関しては、基礎打ちの段階から完成までの工程をかなり詳細に追っており、それはそれで興味深かいものでした。

しかし何と言ってもコンクリート打ち放しの南面ガラス張りです。素人考えにも『断熱はどうなってんだよ?』と、見ながらすぐに疑問がわいてきました。

わいてはきましたが、そもそも「4m×4m四方のコンクリート打ち放しで全面ガラス張り」こそが、この住宅の最大のウリなんですから、そこに疑問を呈すること自体、ナンセンスなのかもしれません。“住み心地の良さ”に対するこの建築家なりのアンチテーゼなんでしょうから。

以下、「その家」について勝手な感想を述べてみることにします。

「大きな窓から明るい陽ざしがふりそそぎ・・・」、住宅の宣伝などではお馴染みのフレーズですね。

しかし言うまでもなく、ガラスは熱伝導率が非常に高いので、断熱の観点からすれば窓があるだけで不利であり、ましてや大きな開口部というのはデメリットでしかないはずです。

にもかかわらず、住宅デザインで「高い吹き抜けと大きな窓」がもてはやされるのは、「明るいニューファミリー」という漠然としたイメージに「大きな窓から明るい陽ざし」というフレーズが直結するからでしょう。住宅会社の営業戦略に乗せられているだけだと思いますが、むろん、購入者がそれを好むからなので、どちらが先かは微妙なところではあります。

一方、コンクリートは蓄熱体(畜冷体)です。外気温の影響を直接受けて熱気(冷気)を貯め込み、いったん蓄熱(畜冷)すると、こんどはそれを長く放出し続けます。

これは人の生理や感情にまで強く影響するので、住環境としては非常に不利な要素なのです(さらに床がコンクリートスラブに直貼りされている場合など、その硬さによる悪影響も無視できません)。

そして結露。

コンクリート(ガラスも)は内外の温度差によって結露します。結露はカビの原因であり、もし壁紙などで覆われた下に発生していると、一見しては分からないだけに人体への健康被害が恐ろしい。

コンクリート(ガラスも)は、土木、建築資材として非常に優れたものであり、人類に多大な恩恵をもたらしたものです。しかしその一方には大きなマイナス要素もある。そこをいかに処理するか、住宅の場合、そこが建築家の腕の見せどころとなるわけです(普通は)。

ところが、「その家」の建築現場ではコンクリート壁の内外とも断熱処理を施している様子はありませんでした。

冒頭述べたように、「その家」のウリは「4m×4m四方、コンクリート打ち放し、全面ガラス張り」です。

この建築家は、「住まうことは闘いヤ」、「快適さはアカン」という思想の持ち主(私の不正確な記憶)ですから、ハナからそんな“住み心地”なんぞは問題ですらないのでしょう。

(でも番組途中、画面の端にチラっとですが、天井付近に2台並んだエアコンが映った瞬間があり、『なんだエアコンつけてるジャン。それも一部屋に2台も並べてるよ』、『でもあんなんじゃ全く役に立たないだろうな』と、“張り子の虎”の内側を見てしまったような興ざめの感を禁じえませんでした)

さらに、4m×4mの狭さで4階建ということは、家としての機能は1階ずつに4分割されているわけでしょう。

つまり、食う寝るクソする何をするにも、日に何度となく階段を昇り降りすることになり、とても使いづらい家です。

例えば、帰ってくるとまずは4階まで昇る。着替えて一息ついて2階へ降りて入浴し、3階へ昇って食事。4階へ上がってビール片手にTVでくつろぐ。トイレに行きたくなったら1階まで降り、またまた4階まで戻ってTVの続き・・・。こんな塩梅でしょうか。

(もちろん、これら「使いづらさ」とも「闘わなければいけない」のでしょうね)

さあその4階です。

居間か寝室か食堂か、何にせよ南面は床から天井まで全面ガラス張りの大開口。東西面はコンクリート壁で、天井と床ももちろんコンクリートスラブでしょう(北面はわかりません)。つまり「コンクリートとガラスでできた箱」なのです。

夏の灼熱の太陽は、「その家」のデッカイ窓?からダイレクトに直射してくると同時に、コンクリート躯体そのものをガンガン一日中加熱し続けます(夏のコンクリートの屋上は40~50℃にも!)。

そして夜、建物全体が昼のうち目一杯蓄熱したものを、今度は夜じゅうジンジン放射し続けるのです(=熱輻射)。

冬は夏のま逆。冬の冷気はガラスの大窓を素通りするので外にいるのと同じ。しかもコンクリートがキンキンに冷え切った躯体から発する冷輻射で、人の体を芯から冷やします。そして床。あの様子だと、床はコンクリートスラブに直貼りでしょう。天井、壁、床、それにガラス…。

これではさしずめ、夏ならオーブン、冬なら冷凍庫というものです。

このオーブン(冷凍庫)の中でも人がまともに暮らせるように、通常はコンクリート壁の内側に何らかの断熱処理をし(外断熱工法もあるが)、エアコンで空調するという手法をとるわけです(「その家」での断熱処理はもちろんありません)。

ところが、熱しきったオーブンの中を冷やそうというのですから、エアコン稼働のエネルギィ消費もたいへんなものとなります。なぜなら空気はその性質上、なかなか冷えてくれないからです(当然その逆も)。「快適に過ごしたい」と思えば、エアコンをフル稼働させることになり、そのことが都市生活をますます息苦しいものにし、かつ地球環境をも悪化させるという風につながっていってしまいます。

マンション、戸建住宅、オフィスビル、工場、コンビニ、公共施設…。灼熱の太陽に加え、街じゅうのあらゆる建物の躯体から放射熱が、そのすべての室外機から熱風が、道路のアスファルトから(もちろん車から)も…。どこもかしこも発熱体と化し一日中すさまじい高温が吐き出され続けます。夜になっても放射は続くので、大気温度の冷える間がありません。これが熱帯夜であり、ヒートアイランド現象です。

番組では、「今から、住むのが楽しみ」と、呑気に語る施主らしき人が映っていました。世界に名だたる高名な建築家の尖鋭的な作品に住めるのですから当然です。

コンバーチブルのスポーツカーの幌を全開にして真冬に突っ走るのもオツなもので、やせ我慢もダンディズムではあります。ただしそれは一時それを楽しむだけという条件つきですよ。

30代半ばと思しきその人は、まだ若く独身のようでしたが、疲れて帰る日もあるだろうし、病気で寝込むこともあるでしょう。また明日交通事故に合わないとも限りません。もし足でも不自由になったら、もうその日から「その家」での暮らしは停止するのです。

またもし結婚して赤ちゃんでも生まれたらどうしますか。とてもじゃないが赤ちゃんを4階のあの部屋に寝かせるわけにはいきません。夏ならたちまち脱水症状、冬なら即凍死でしょうね。

そんな家でも、住むことをありがたがる人がいる、そんな建築でも、(無批判に)長時間放映するTV局がある。

これは、その建築家が世界的に著名だからに他なりません。盲目的ブランド信仰ってヤツです。そして人々は、『やっぱりすごい発想するんだなー』とミスリードされてゆく。

その建築家とは、安藤忠雄氏です。

安藤忠雄といえば、今や東大教授であり、建築界では押しも押されもせぬ巨匠、権威といってよい存在です。

氏は、まさに“コンクリート打ち放し”で颯爽とデヴュー、その後世界へ勇躍、内外数々の賞を獲得し続けているのですから、もう誰も何にも言えないのでしょう。

私は安藤氏のことをよく知りませんでしたが、その師匠?であるという石井修という人は、「家は夏を旨とすべし」と書いています。石井氏は、例えば庇を伸ばすことで夏の高い陽射しを遮り、冬の低い陽射しは取り込むなど、自然にならい、緑に埋没する穏やかな家、住まい方について実例を挙げながら語っています。

きっと安藤氏はスタートから師と決別したんでしょうね。

すべての生物は緑をめざす。

緑のあるところ必ずや水がありエサがあるからです。

すべての生き物が、生きるためにまずすること、それはエサを取ることと、巣をつることです(巣をもたない生物もいますが)。

巣は、敵や過酷な自然環境から身を守るために作ります。守るべきは自分の身であり、子どもです。安全に子を産み、育てるための巣。自分の巣と格闘する生物などいません。生きること即ち格闘なんですから、せめて巣にもどった時ぐらいは安心していたい。

さて、「その家」にまつわるこの話にはオチがあります。

実は「その家」の建築は、雑誌の「企画もの」だったのです。

「著名な建築家に家を建ててもらう」という企画だったと。

このことを最近知り、『なーんだ』とまたまたガッカリもしましたが、『どおりで・・・』と妙に納得もしたのです。マスコミが題材として企画するものなら、「世界的に著名な建築家」が「つまらない家は建てられない」ですからまあ良しとしましょう。

しかし、「快適はアカン」という自己主張に則って、まったく断熱に配慮しない、使いやすさにさえ真っ向背を向けた建築を、ほんとうに人の住む注文住宅にも押し通したのだと思えばこそ、その頑固さ、潔さにある種の敬意を感じていたのであり、そうではなかったと知らされると、騙されたようなはぐらかされたような反感も抱きます(ガラス張りの部屋のエアコンが見えてしまった時も同様)。

それにしても、であるにせよ、「安藤忠雄の作品」だから誰も批判しない、否定しないというのはおかしい。

安藤氏には、有名な「光の教会」というのがありますが、あれも、夏はガンガンと暑く、冬は深々と冷え込むでしょうから、とても礼拝どころではないんじゃないか。話題づくり以外に何の意味もない建物ではないかと思います。

バリアフリー建築やユニヴァーサルデザインが一概にいいとは思えません。しかし4m×4mの「その家」は、どうみても“建築家の傲慢”、“観念遊び”にしか見えない。

“芸術作品”や“広告媒体”としてなら「おもしろい」と評価する人がいてもかまわないが、人の住む家は巣であり実体なのです。そして何より問題なのは、安藤忠雄といえば若い建築家がこぞって崇拝し倣う巨匠です。罪深いと思います。

日本初の超高層ビル「霞が関ビル」の設計者で近代日本超高層建築の先頭を走ったという建築家は、齢80を超えた現在、大村湾に突き出た岬の突端の、こんもりと茂った小さな森に守られるような安らぎの場所で、自ら設計した藁ぶき屋根で通風のよくとれた純日本家屋に住んでいます。

(この人はいまだ現役であり、しかし過去とはまったく違う方向性、手法で、素晴らしくよい働きをしています)

それから、やはり現代コンクリート建築の巨人ル・コルビュジェは、晩年、海を見晴らす断崖に小さな木の小屋を建て、そこでひっそり暮らしたと言います。

Copyright © サーフサイドセヴン茅ヶ崎ファーム All Rights Reserved.
Powerd by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.